神様が私に与えてくださったもの

信仰生活を始めてもうすぐ、10か月になろうとします。

これまで神様が私に与えてくださったものについて考えてみました。

①まずは言うまでもなく、「RAPTブログ」に出会わせてくださったことです。

RAPTブログ

RAPTさんのブログに出合えたことが、「救い」の第一歩でした。

②そして、RAPTブログを通して、この世が「悪魔」という「霊界」にいる存在によって支配され、悪魔を拝む「イルミナティ」「創価学会」「天皇家」「李家」「上級国民」などの「悪魔崇拝者」によって支配されてきたために、私たち庶民が苦しみを味わなければならなかったことを教えてくださいました。

③そして、私たち庶民がこれらの影響をふんだんに受けて、私たち人間が、悪魔たちと同じように、悪を行い、罪を犯して、「悪人」と化してしまっていたことも教えてくださいました。

④悪魔の支配下の中にいた私たちですが、実際に罪や悪を行ったのは、私たち一人一人です。それらの「悪」や「罪」の行いの結果、様々な不幸や艱難を呼び込んでしまっていたことを教わりました。

⑤ということで、人生を改善していくには、悪や罪を犯すのをやめて、善や義を行えばいい、ということを教わりました。

⑥悪や罪を犯すのをやめるにはまず、自分が今まで悪や罪を犯してきたことを素直に認めて、そのことを神様に悔い改めることを教わりました。

⑦そして、悪や罪から離れて、善や「義」を行うように、と教わりました。

⑧とはいえ、私たちは、神様が、どのような行為をすると、「善」「義」とみなし、どのような行為をすると、「悪」「罪」になるのかを知りません。

これらは、聖書に書かれてありますので、聖書から学ぶようにと教わりました。

しかし、聖書は2000年前に書かれたものであるのと同時に封印がされてきたために、今の時代に沿った聖書の読み方を教え、また、聖書の封印を解き、今、神様が人間に教えたいことを伝えるために、それらを伝える人を「中心人物」として立てて、中心人物から通して学ぶように、と教わりました。

それがRAPTさんが神様からの啓示を受けて伝えておられる「御言葉(有料記事)」です。

⑨聖書とRAPTさんが宣布される御言葉から、神様が、どのような行為をすると、「善」「義」とみなし、どのような行為をすると、「悪」「罪」だと見なされるのかを教わり実践しなさい、と教わりました。

 

そして、実際に、悪や罪を悔い改めて、これらがなくなるように努力して、「善」「義」とみなされる行為を始め(これを信仰生活と呼ぶ)、まもなく10か月が経つというわけです。

これらの生活を始めたことによって、いただけた恵みをご紹介します。

①まず、悩むことが減りました。少し前の記事でも書いた通り、今私は艱難に遭っています。確かにまだ信仰が浅く、なかなか大変な艱難なので「どうしよう」とおびえてしまうこともあります。

しかし、ただおろおろと悩むのではなく「解決できる方法を得られるように祈る」という風に、考えを切り替えることができるようになりました。

信仰を持つ前は、解決する方法を得ようと努力しても、人間の頭で考えられることはたかが知れています。また、この世界は、「悪魔崇拝者」に牛耳られていて、彼らに都合がいいように作られているので、どんなにあがいてもうまくはいかずに、人生を諦めるしかなかったのです。

実際に私自身、30歳になる手前に、限界にぶつかるも、解決できずに、結局鬱状態になりました。

しかし今は、「神様に祈る」ということができるわけです。祈ることは「義」の行為とみなされますから、神様に喜ばれる行為になります。実際に祈ると分かりますが、正しく祈ることで、ものすごくパワーを受けられます。そして、祈りを捧げることがとても幸せなことだということも分かるようになります。そして、祈ることによって、神様が守ってくださっていることを感じることができます。

だから、悩む暇があれば、その時間を「祈り」に使えばいいことを知りました。

②余計なものにお金や時間を使うことがなくなりました。

RAPT理論でこの世の真実を知り、御言葉を通じて、やるべきことが分かったので、時間の使い方が変わりました。時に疲れたときに、座って休むことはありますが、無駄にだらだらと過ごすことが相当減りました。その時間を、少しでも、「義」を行う時間に使いたいと思うようになりました。それは決して強制というわけではありません。今、艱難に遭っているから、ということもありますが、何よりも、「義」に時間を使っているときは、心の充実感が半端ないからです。その感覚は、娯楽に浸ったりテレビを見て得られるものではありません。

③神様に賛美する喜びを知りました。

10か月弱の信仰生活の中で、自分にとって最も感動したことです。

神様を賛美する行為も、「義」とされるのですが、私はこの「賛美」を知ることで本当に救われました。

私は小さい頃から歌が大好きでした。あまりうまくはないですが、それでも、音を楽しむということの喜びをかみしめて生きていました。

ところが、成長するにつれて、音楽というものがだんだん楽しめなくなりました。悪魔崇拝者であるイルミナティに牛耳られているなんてことを当時は知りませんからね。

そして、だんだんと音楽から遠ざかることになりました。

ところが信仰生活を始めることで、「神様を歌で賞賛する」というのを知り、こんな素晴らしいものが世の中にあったのかと、本当に驚きました。

もちろん、讃美歌、ということばは知っていましたが、キリスト教に縁がなかったので、深く考えることもありませんでした。

RAPTさんのブログを通して、神様についての正しい理解を深めていくうちに、神様を賛美することの喜びやすばらしさを日に日に実感するようになりました。

神様への愛の気持ちを歌に乗せる。これこそが、私が求めていた「本来の音楽」の形だったのです。

そうなんです。これが本来の音楽の姿なのです。

恋愛を歌うのは、「サタン(悪魔)」の音楽です。だから喜びがないのです。気持ち悪いだけなのです。

そのことを教えていただけたことが本当にありがたくて嬉しいです。

このように、歌に対する強い思いもあって、だからこそ、過去の記事で、以前ファンだった、日本で最も人々を堕落させることに貢献したバンド、サザンオールスターズの真実を知っていただきたくて、RAPT理論からサザンの真実も、ひも解かせていただきました。

上級国民である桑田佳祐は、僧侶の代わりに「悪魔教」を広める歌手だった

私たちは、神様の音楽と言われてもピンとこないと思います。しかし、これからは、神様に喜ばれる、真に美しい音楽がこの地に壮大に広がっていき、本当の神様を知り、本当の神様を賞賛し賛美する人達で溢れる世界が来ることを切に祈ります。

神様を賛美する喜びを知れば、精神病や鬱なんて吹っ飛ぶでしょうね。

④自分がどうしてこの世に生まれてきたのかを悟りました。

人は数十年たてばどんな人も必ず死んでしまうのに、どうして私たちは生きているのだろうか。

7歳の時に起きたある出来事をきっかけに、この事に対する「答え」を求めて、今まで生きてきました。正確に言うと、途中までこの答えを求めて生きていたのですが、自分が犯した罪のせいで、人生がめちゃくちゃになったので、これらを考えるどころではないくらいまで落ちぶれました。

信仰生活を送る中で、自分がこの「問い」が欲しくてもがいて生きてきたことを思い出しました。そして、ついに、その「答え」を見つけることができました。

それは、「私は神様を愛するために生まれた来た」ということです。神様を愛して、神様が望まれることを行うために生まれた来たのです。

私が人生につまずいた決定的な理由、この問いの答えをなかなか得られなかった理由は、「この世という、見える世界にだけ囚われていた」からです。

この世のスピリチュアルの知識は、本当の神様の知識に、嘘を混ぜて広めます。

これこそが、「サタン⇒悪魔」のやり方なのですが、いくらスピリチュアルを学んでも、真実には絶対にたどり着けないようになっています。だから、どんどんドツボにはまっていったわけです。

この世のスピリチュアルは、見えない世界の存在を使って、「この世の繁栄」を得ようとするものです。これは完全に「サタン」の考えです。だから、黄色い財布を持てば金運が上がる、とか、風水などがはやるわけです。

しかし、人間を創ったのは、「サタン」ではなくて、「神様」です。

つまり、人間を創った方にしか、人間が幸せになる方法が分からないのです。当然ですよね。

RAPTさんのブログ、御言葉を通して、神様が人間を創った理由を知り、私たちは死ぬとどうなるのか、ということを知り、私たちは、神様の望まれる通りに生きることで、この世でもあの世でも真に幸せになれることを知りました。

つまり、「神様に喜ばれる行いを徹底的に学び、それを実践している間は、何の心配もない」ということです。常に、「神様」を念頭において生きていけば、何の心配もないことを知りました。

なぜなら、神様は人間をそのように創られたからです。

そして、注意すべきことは、この「心配がない」というのは、この世だけでなく、あの世に至っても心配がない、ということです。この世の暮らしの心配を消すという考えは、「サタン」の考えです。この世の暮らしの心配を消すには、保険に入ったり安定した仕事についたり、という風に考えるでしょうが、そういうことではありません。

私たちを創ったのは「神様」です。神様が望まれるように、神様が喜ばれるように生きることで、この世だけでなくあの世の幸せが保障されるということです。そして、この世でも必ず、私たちを生かす道に導いてくださる、ということです。

ただまだ、信仰が浅いので、「知った」という段階で、今はこのことを「信じる」という段階です。これから信仰生活を続けていけば、より深く悟ることができるのだろう、と感じています。

しかし、「知れた」という恵みをいただけたことに感謝しています。

⑤悔い改める、ということを教われた。

今まで自分たちが行ってきた「悪」「罪」、また新たに犯した「悪」「罪」を悔い改めることができるということ。

このことが本当にありがたく思います。人間は、自分が悪かったら本当は素直に「悪かった」と認めたい生き物だと私は思うのですね。だけど、今までは、悪魔崇拝者が牛じる世界だったから、悪を行う人達に対して、無理やり謝らなければいけなかったりして、自分の「非」を認めることに抵抗を感じていました。この人も悪いことやっているのに・・・みたいな感じです。

しかし、本当に正しい「善悪の基準」というのが存在している事を知り、正直ほっとしました。確かに、異性の罪、恋人を作ることが罪になる、というのを知った時は、めちゃくちゃ神様に申し訳なさすぎて相当落ち込みましたが、だけど、悪は悪だ、と教えていただけてホッとしたのです。

そして悪を認めて悔い改める、ということをさせてくださって、赦しをくださる、ということを知った時は、神様がどれほど深い愛をお持ちなのだろう、と魂も心も震えました。

そして、この「悔い改める」ことによって、罪を消していただくというのは、神様にしかできないことなのだということも知りました。

これって凄いことだと思いませんか!

もちろん、罪を犯したことによる「裁き」は受けなければなりません。しかし神様は、一人一人が、「悪」「罪」から離れて、「善」「義」を行えるように導くために、裁かれることを知りました。

そうやって神様は、人間が真に幸せに生きていけるように、常に導こうとしてくださっていることも知りました。

この、「悔い改める」ということを知れたという奇跡や恵みに、心から感謝です。

これは、実際に行うことで実感できるかと思います。

 

長くなりましたが、最後までお読みくださりありがとうございます。

最後に、こんな罪深い私を、本当の神様に繋げてくださったRAPTさん、そして、KAWATAさん、NANAさん、そして世界中で信仰を守られている兄弟姉妹に方々に、心より感謝申し上げます。

一人でも多くの方が、RAPTブログに出会い、そして本当の神様に出会い、救われますことを心よりお祈りします。

RAPTブログ

RAPTブログ(有料記事)

ありがとうございました。

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