「RAPTブログ」と「RAPTブログ有料記事」で学ぶ事で「スピリチュアル」から離れられました!

RAPTブログに出会い、そこでこの世のあらゆる分野の「真実」を知り、その後有料記事(御言葉)に出会い、御言葉を学ぶことによって、RAPTブログに出会うまで、約30年間親しんできた「スピリチュアル」「自己啓発」から自由になり、離れることができました。

この記事では、そんな「超!奇跡体験」をご紹介できればと思います。

 

スピリチュアルが好きで長年親しむも、本質的に自分の人生が一向に良くならず、それどころか、大罪を犯した結果、どんどんジリ貧になり、身も心も閉塞感に包まれるようになり、残りの人生をまるで「消化試合」かのようにとらえていました。

しかし、それでも人は希望がなければ生きていけませんので、絶望を感じながらも、希望になるものを探していました。

 

そんなときに出会ったRAPTブログ。

 

そこでまず、「生まれ変わり」というのは存在しない真実を知りました。

輪廻転生はあるのか。または「肉体」と「霊体」の仕組みについて。

「輪廻転生」の概念が悪魔から生まれた可能性について。または真に悟りを開いた人とはどんな人なのかについて。

「前世」はない。「輪廻転生」もない。その確固たる証拠。

偶像崇拝を強要し、輪廻転生はあると嘘をついた「釈迦」は、悪魔崇拝者だったのか。

 

さらに、「スピリチュアルは悪魔崇拝」である真実を知りました。

RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。

その根拠のひとつとして挙げられていたのが、「スピリチュアル」「自己啓発」系の思想の元となった「ニューソート」思想が、実は「キリスト教っぽく見せた悪魔教」だったということなのですが、

この記事を知った当初は、キリスト教がどういうものか、まったく知りませんでした。

なので、ただそのまま、記事の内容を理解してきました。

 

その後、RAPTブログ有料記事(御言葉)を通じて、「真の」キリスト教について学んでいくうちに、スピリチュアル思想が、どれほど恐ろしくて、神様を冒涜したものだったかを悟りました。

学ぶことによって、この思想を作った「悪魔」がどうしてこのようなものを創ったのかが、理解できました。

「ニューソート」がどういうものか、Wikipediaにはこのように書かれてあります。

ニューソート(Wikipedia)より

 

ニューソートNew Thought、新思考)は、19世紀アメリカ合衆国で始まったキリスト教における潮流のひとつ、一種の異端的宗教・霊性運動である。現世利益の追求を戒めるキリスト教プロテスタントカルヴァン主義への反発を背景に生まれた[1]

 

ニューソートは、アメリカのメスメリスト[2]催眠治療家)・心理療法家フィニアス・クインビー[3]クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディの思想を中心としていた。アメリカの対抗文化の流れを汲むニューエイジの源流のひとつであった。ラルフ・ワルド・エマーソンの哲学を支えに徐々に社会に浸透していった[4]

 

ニューソートは、聖書の内容を従来とは違う立場から解釈しようとするもので、「人間の意識は宇宙と繋がっている」と考え、その根拠を聖書に求めるのが主流である[5]

 

その主張には、「そもそも『原罪』は存在せず、あらゆる人々がキリストの力を内包している」、「正統的宗教哲学は数百年間過ちを犯し続けてきた」といったものが含まれていた。

 

その教えを異端視する者がいる一方、従来の禁欲的キリスト教思想に疑問を抱いていた思想家、労働者、零細農場や工場の経営者らは触発された[6]

生長の家」の創設者谷口雅春光明思想と訳しているように、気持ちを明るく保つことで運命が開ける、というポジティブ・シンキングや、イギリス出身の牧師ジョセフ・マーフィーの成功法則(日本でも著作がベストセラーになっている)などもニューソートの一環であり、いわゆる成功哲学の面がある。

 

心や思考の性向が健康や経済状態として表れる(思いは現実になる)という考え方(積極思考、ポジティブ・シンキング、引き寄せの法則)は、現代の自己啓発やビジネス書の源流であり、日本人への影響も大きい。

 

嘘にまみれた文章で溢れていて気持ち悪いですが、ここでは、最も重大な「嘘」「冒涜」があるのか、と、最も感じたところについてご紹介します。

それは、赤字で示したそもそも『原罪』は存在せず」という部分です。

 

原罪というのは、聖書の創世記に書かれた、アダムとエバが犯した『罪』のことです。

自己啓発、スピリチュアル思想の源流は、この「キリスト教」の「原罪」を否定したところから生まれているわけです。

 

これは、ひどすぎます。

 

この思想は、真っ向から、神様を冒涜し、反逆していることを「有料記事」を通じて学ばせていただきました。

こんな思想で真に幸せになれるわけがありません。

まず、始めの考えから「嘘」なわけです。

 

しかし、このことに気づけずに騙されたのは、「スピリチュアル」や「自己啓発」は、一見すると、とても耳ざわりがいいものだということと、さらに、私たちが「正しいキリスト教」を知らない、ということに尽きると思います。

もし、私たちが、正しいキリスト教をちゃんと学んでいたら、こんな思想には絶対に騙されることはありません。

しかし現実は、日本人に聖書の正しい知識はなく、さらにキリスト教の教理は捻じ曲げられています。

そんな中、唯一「RAPTブログ」だけが真実を教えてくださり、さらに、「本当の神様」による「御言葉」を学ぶことができるのです。

 

スピリチュアルや自己啓発は間違いなく、悪魔によって作られました。

 

なぜなら、アダムとエバに「原罪」を犯させたのは、「悪魔ルシファー」だからです。

 

その悪魔ルシファーが、人間が神に繋がらないようにするために作ったのが「ニューソート思想」で、ルシファーから力をもらっていた「悪魔崇拝者」たちによって、どんどん広がっていったわけです。

だから、この「原罪」を否定する、「ニューソート思想」はすべて「嘘」になります。

 

そして、ニューソート思想から来ている「スピリチュアル」「自己啓発」もすべて「嘘」になります。

 

私は、RAPTブログでこの世の真実を知り、さらに「有料記事」で「本当の御言葉」を学ぶことによって、スピリチュアル、自己啓発思想から自由になり、離れることができました。

常に神様を意識し、祈りは神様にささげ、神様をほめたたえ賛美し、つらい時は神様に慰めを乞い、罪を犯したら悔い改め、常に清くなれるように、また常に成長し続けられるように努力して、神様が願われることを常に行えるように努力する。

神様を意識して生活する事の喜びを、本当に深く感じています。この感覚は、実際に味わった人にしか分からないと思います。本当に幸せで、守られると感じますし、もうこの感覚を二度と手放したくない、神様を愛する生活をずっと続けたい、と思います。

 

さらに分かったことは、スピリチュアル思想が、人々に性的な堕落を促す可能性が高いということです。

神様は「性的な堕落」を最も嫌われますが、「原罪」というのは、性的なことと、深い繋がりがあります。

詳しくは、一から正しく、「RAPTブログ有料記事」でしっかりと学ばれることを強くお勧めします。

ここで書かせていただいているのは、あくまでも、私が学んで感じた体験談をご紹介するまでです。

真に救われるには、真実を正しく学ぶことです。本当の神様による、真の知恵、知識を、RAPTさんの有料記事で正しく学ばれてください。RAPTブログ(有料記事)

 

さて、スピリチュアル思想の元となる「ニューソート」は、「原罪」を否定することが分かっているわけです。

そのため、これは、私自身の体験談でもありますが、スピリチュアル思想や自己啓発思想を学ぶと、性的な堕落に罪悪感を感じにくくなります。

しかし、人には良心が備わっていますから、心の奥では真実が何か分かっています。性的な堕落は非常に恥ずべきことで、絶対にいけないことだと分かっています。

だけど、その考えを「麻痺」させて、騙していくのが、悪魔思想なのです。

私はこれに完全に騙されました。そして性的な堕落をしてしまいました。

また、一時「子宮系」と呼ばれる人たちが流行りました。また、女性性を開花させて、女性を解放させよう、みたいな話も、完全に悪魔思想です。

また、性的な堕落を、「子孫繁栄」などという言葉を使って、煙に巻くわけです。子供を産んではいけないわけではありません。しかし、望まない妊娠が絶えないのもまた、今の現状です。

しかし、悪魔崇拝者はそのことを「避妊」といういう形で防ごうとさせるわけです。

そうではないのです。

「避妊」の前に、「性的な堕落を犯してはいけない」というところからスタートするのが真実なのです。

悪魔というのは、どんな手を使ってでも人間を堕落させたいと願っていることが、RAPT理論でも明らかになりました。そのために、悪魔崇拝者は、こぞって近親婚をはじめとする乱交を繰り返してきたのです。

本当にどこまでも巨悪な思想です。

 

とにかく、神様を否定するところから始まっている、スピリチュアル思想、自己啓発思想に、真の幸せは永遠に来ないことを悟りました。

 

最後に、悪魔思想を持つ最も恐ろしく、真実を知ることがどれほどの救いになるのか、と感じることについて、RAPTさんのブログ記事(一般記事)をご紹介して、この記事を閉めたいと思います。

スピリチュアルでは、あたかも私たち人間に「生まれ変わり」があり「輪廻転生」があるかのように洗脳していますが、

RAPT理論で明らかになった通り、輪廻転生は存在しません。

私たちには、「肉体と霊体」がありますので、死ぬということは、単に「肉体」を離れることを意味します。

このことについて、RAPTさんのブログ記事では、以下のように教えてくださっています。

 

輪廻転生はあるのか。または「肉体」と「霊体」の仕組みについて。

より、一部転載
 
話は変わりますが、私はかねてから人間には「肉体」と「霊体」があるという話をしてきました。
 
では、どうして神様が私たち人間をこんな構造に作ったのかというと、人間の「肉体」は実は「霊体」にとっての母胎の役割をしているからです。
 
「肉体」がこの地上でどんな生き方をするかによって、「霊体」がどのように成長するかが決まり、その後の永遠の運命が変わってしまうというわけです。
 
さらに具体的に言うならば、「肉体」がこの世で善を行えば、「霊体」も天使のような美しい姿に成長して、天国に行くことができるけれども、「肉体」がこの世で悪ばかり行えば、「霊体」は悪魔のような醜い姿になって、地獄に堕ちるというわけですね。
 
で、この地上で生きる100年間、善を行うために苦労して生きるのと、その後、永遠にあの世で苦痛を受けながら生きるのと、どちらがいいかという話なのです。
 
これが聖書の基本的な考えです。聖書のある箇所にもはっきりとこう書かれてあります。
 
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だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
 
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
 
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。
 
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。
 
(コリント人への第一の手紙14章16〜18節)
 
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で、この外なる人である「肉体」が死んだ後、内なる人である「霊体」があの世に行くというわけですね。
 
「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」(口語訳聖書・伝道の書12章7節、新共同訳聖書・コヘレトの言葉12章7節)
 
もっとも、この世のクリスチャンたちがこのことをどれぐらい理解しているかは謎ですが、それぞれの教会の牧師さんの聖書の理解度にもよるでしょうね。
 
とはいえ、考えてみれば、これはある意味、とても恐ろしいことです。
 
たった一回の人生を自分がどう生きるかで、永遠の運命が左右されてしまうわけですから。
 
なので、「輪廻転生」があるという考えの方がまだ救いがあるようにも感じられます。
 
その方が、やり直しが何度でもきくわけですから。
 
しかし、私から言わせてもらえば、この100年という人生の間にまともに生きられない人が、いくら別人に生まれ変わったとしても、その後も同じような人生しか生きられないのではないか、という気がしてなりません。
 
その人の外見が変わり、生きていく環境が変わり、両親が変わったとしても、その人の中身は全く同じなのですから。
 
それに、100年という期間は短いようでいて、それでも長いといえば長い。
 
なので、自分の「霊体」をしっかりと成長させるには十分な期間と言えるのではないでしょうか。だからこそ、神様も人間の人生を100年と決めたのだと思いますし。
 
それに私は、何度もこの世で生まれ変わりたいとも思いません。
 
例え輪廻転生して、物凄いお金持ちになれたとしても、物凄い有名人になれたとしても、そこに何の魅力も感じません。
 
なぜなら、この地上の世界はどこもかしこも悪魔の支配下にあるからです。
 
悪魔の支配下にある以上、例えどんな人間に生まれ変わったとしても、悪魔から来る苦痛を逃れることはできません。
 
だから私は、できれば人生はたった一度きりであってほしいと思います。
 
そうすれば、100年生きた後は悪魔から完全に解放されるわけですから。
 
とはいえ、この地上で悪ばかり行って生きたら、結局、死んだ後も地獄に落ちて、「悪魔」どもに取り囲まれて永遠に苦しみの中で生きていかなければなりません。
 
なので、この地上でできる限り善を行って、天国に行きたいと願っているわけです。
 
もっとも、この世で善良に生きるというのは、それはそれで相当な努力が必要となりますし、ときに苦労も多いわけですが、この100年の間、苦労するのを惜しんで、永遠の地獄に堕ちる方がさらに大きな苦痛です。
 
なので、私はこの人生100年は修行の場だと思って、懸命に一日一日を生きています。
 
しかも、そのように生きることが、この地上での人生を幸せにすることにもなりますしね。それもそれで確固たる事実です。
 
ところが、そんな自分の人生をときどき政治家やら企業やらマスコミやらが脅かすようなことをしてくるし、私以外の多くの人たちも同じように彼らから苦しめられているので、このブログを通して、悪魔どもの嘘と悪行とを徹底的に暴き出してきたわけです。
 
一度きちんとそれらを暴き出してしまえば、もう二度と彼らに惑わされることもなく、騙されることもなく、悪の道に誘惑されることもありませんから。少なくとも、その危険性がずっと低くなります。
 
そして、彼らから受ける苦痛も少なくて済みます。
 
はっきり言って、この世の中、時代が経てば経つほど、嘘も罠も誘惑も何百倍、何千倍、何万倍と大きく膨らんでいます。
 
文明が発達してどんどん生活も便利になっているにもかかわらず、なぜか心は空しく寒々しく、どんどん窮屈になっていくばかりです。(もちろん、中には脳天気に生きている人もいますが……。)
 
で、我々の心をそうやって苦しめる黒幕が誰なのだろうと思って調べてみたら、実はそれが日本に古くから住まわれる「天皇」だと分かってきたわけです。
 
なので、私は今後もつづけて「天皇制の廃止」のために祈っていくつもりですが、いくら「天皇」が権力の座から下りたからといって、我々一人一人の人生が幸福になるというわけでもない。
 
なので、悪魔どもを責めてばかりいるのではなく、一人一人が自分の人生をより良く変えていきましょうともお話しているわけですね。
 
で、人生をよりよく変えていく方法についても、ある程度、具体的にお話してきましたし、これからも続けて話していくつもりです。
 
この世には悪を叩き潰してこの世の中を変えようとする人たちがいますが、例えその悪なる政治家や企業や団体がつぶれたとしても、別の悪者がよそから出てきてしまったら、何の意味もありません。
 
私はそんないたちごっこを続けるのは嫌なので、最初から誰かを倒そうとか潰そうとばかり考えず、自分の人生をどう作っていくかにいつも神経を使っています。
 
その方がずっと生き甲斐のある、価値のある人生を生きられるようになりますしね。
 
その一方で、悪魔崇拝者たちは自ら悪を行うことに神経を使って、自ら地獄に行こうとしているわけですから、本当にお気の毒です。
 
はっきり言って、地獄は地獄。苦痛と苦しみの世界です。
 
地獄には悪魔たちがうようよしていて、その悪魔たちは神様と違って、愛も正義も何もない奴らなのです。
 
そんな世界にどうしてそんなに行きたがっているのか理解に苦しみますが、要するに彼らがそれだけ悪魔に深く洗脳されているということなのでしょう。
 
皆さんが地獄に堕ちることなく、天国に行けるよういつもお祈りしています。

「霊体」はずっと生き続けるので、肉体を持っている間に学んだことを、そのまま「霊体」だけになって後も引き継いで、生きていくわけです。

そして、「霊体」が生きる期間は、「永遠」です。

つまり、スピリチュアル思想、自己啓発思想を持ったまま、真実を知らないまま死んでしまうと、「霊体」でその思想を永遠に持って生きることになります。

スピリチュアル思想、自己啓発思想は、「悪魔思想」なので、神様に近づくことができません。

そのために、魂が永遠に救われることがない、ということなのです。

 

いかがでしょうか?

 

これがどれだけ地獄で、恐ろしいことかということがお分かりいただけたでしょうか。

 

同時に、真実を教えてくださる「RAPTブログ」が存在していることがどれほどすごく奇跡的なことかということです。

さらには「本当の神様の御言葉」に出会い、聞き従うことが、どれほどの奇跡で、どれほどの「救い」なのか、学べば学ぶほど、深く悟らざるを得ません。

 

RAPTブログに出会うこと、本当の神様の御言葉に出会えることがどれほどの奇跡で、どれほど偉大さなことなのかを、一人でも多くの方に知っていただき、一人でも多くの方が救われることを切に切にお祈り申し上げます。

RAPTブログ

RAPTブログ(有料記事)

 

最後までお読みくださりありがとうございました。

 

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