日本古来の音楽、演歌、歌謡曲には「依存性」がある。悪魔は「音楽」を使い、人々を真の神様から遠ざけてきた。

悪魔という存在は、ともかく人間に、「神様」以外のものに意識を向けるように仕向けることに必死です。そうすることで、人間が不幸にしたいと思っています。

世の中にあるものがほぼすべてが「悪魔」の知恵によって創られているものだということが、RAPT理論によって明らかになっていますが、今日はその一例をご紹介したいと思います。

以前の記事で「∞」について少しご紹介しました。

苦行を強いる「ムチ」の役割の「悪魔」と、耳ざわりのいいことを言う「飴」の役割を担う「悪魔」の両方がいる

悪魔というのは、人々を「無限」という言葉で騙すのが好きみたいです。無限と聞くと、とても大きな可能性が拡がるようなイメージがあって、簡単に騙されてしまうからでしょうか。

しかし、悪魔の推奨する「無限」は、このマーク「∞」(メビウスの輪)が示すように、どんなに進んでも進んでも結局は同じ道を歩いているだけだということです。

つまり、無限の可能性、と言って成長しているように見せて、実はまったく同じ道をあるかせようするのが、悪魔の手口です。

さらに、悪魔は「中毒」にさせることで、「本当の神様」に意識を向けさせないようにします。

悪魔は「依存」させることによって、「本当の神様」に意識を向けさせないようにします。

例えば、買い物依存、ギャンブル依存、ゲーム依存、たばこ依存、アルコール依存、薬物依存、性的な依存など。一時的には快楽を得られますが、もっと欲しくなるためにさらに求めて、その結果、そこから抜け出せなくなるくらいにまで依存してしまいます。これらの依存症になった人の末路はもう言うまでもありませんよね。

さらに、ここまで顕著なものでなくとも、もっと身近なところにも依存させるものがあります。

私たちがこの依存の危険性にそこまで気づいていないもののひとつに「音楽」があります。

私たちが学校で習う基本の音階は、「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」ですよね。

 

対して、「ヨナ抜き」と呼ばれる音階があるのだそうです。

これは、基本の音階の中の「ファ」と「シ」を抜いたもの(ド、レ、ミ、ソ、ラ、ド)となります。日本固有の音階(五音音階)と言われています。

 

「ヨナ抜き音階」を体験する

そして、この「ヨナ抜き」音階が、ヒット曲を作る一つの要因として指摘する人たちもいます。

『ヨナ抜き音階』がヒット曲の共通点!パプリカが覚えやすい理由

 

ヨナ抜き音階について、とあるニュース番組で取り上げられていましたが、

正確な理由については言及されていませんでした。

 

ピアノ教室を運営しているピアノの先生がインタビューに答えていましたが、

ヨナ抜き音階がヒットする理由は『日本人のDNAに訴えるから』

いまいち科学的な根拠とは言い難いですが(笑)

 

私たち日本人は、遺伝子レベルでヨナ抜き音階の楽曲を、「覚えやすい」「歌いやすい」「口ずさみやすい」と感じるようです。

この「ヨナ抜き」というのは、日本の童謡や演歌や歌謡曲にも大いに使われているために、日本人になじみ深いというのは確かにその通りだと思います。

ところがこの「ヨナ抜き」音階。確かに私たちにとって耳ざわりがいいのですが、RAPT理論から日本という国は「世界最古の悪魔崇拝の発祥の地」であり、悪魔崇拝の中心地であり、また、文化、芸術がすべて「悪魔」の知恵をもらった「悪魔崇拝者」によって作られたことが明らかになっています。

RAPT×読者対談〈第101弾〉日本は昔も今も悪魔教の国。

日本が世界最古の悪魔崇拝の聖地であるという幾つもの証拠。

RAPT×読者対談〈第98弾〉サブカルチャーに隠された悪魔の紋章。

ということは、日本の音楽に太古の昔から「悪魔思想」がふんだんに入っていても何ら不思議ではありません。これまでずっと「悪魔崇拝者」によって私たち庶民は支配され続けてきたのですから。

この手の音楽には癖になる、といいますか、「中毒性」のようなものを感じます。それこそ「無限∞」に聞いていられるようなものです。

どうしてそうなるのかというと、この「ヨナ抜き」音階には、はじめから「不安定」な要素があるからのようです。

https://twitter.com/x3NE3J1XpipyKAD/status/1110642370943422464?s=20

 

 

「ファ」と「シ」がないので、いわゆる「導音」(導音についてはこの記事を参照ください)「シ」→「ド」や、「ファ」→「ミ」の指向性がないので、終止形が取られない。

いつまえも口ずさんでいられる音楽ではあるが、反面とりとめなく終わりのない音楽になる。

つまり、無限∞に聞いていられる音楽、中毒性を持つ音楽だということです。

しかも、この「ヨナ抜き音階」の曲を聴いた後は、決まって「さみしい」気持ちになったり、「切ない」気持ちになったりします。

日本人はこういうのが好きですが、これは日本で作られた「音楽」に影響があるといってもいいでしょうね。長い期間、時間をかけて悪魔崇拝者によってなされてきた「非常に根深い洗脳」ですね。

人は、満たされないとそれを満たそうと一生懸命追いかけます。努力してそれを得ようとしますが、もともと「無限∞」というものが、決して満たされることなく、ただ無限にループするだけなのですが、こういうものに触れている限り、満たされることはありません。

しかし耳ざわりがいいのでまた聞きたくなる。そして聞く。しかし満たされない。でも耳ざわりがいいから聞く。の繰り返しになりますね。

そして、しまいには、こういう「ヨナ抜き音階」の世界観が、自分の世界観だと思い込んでしまうわけです。外から洗脳され続けたにも関わらず。

音楽というのは、本当にダイレクトに入りますから。

これらのものは悪魔によって作られたものと言えるでしょう。この音楽を聴いて、「本当の神様」を賛美し、つながっている、などと考えることができるでしょうか。

本来、音楽というのは清いものであり、神様と人とをつなぐものだと言えます。讃美歌を聞くと、心が洗われるのは、「神様へ捧げよう」と思って作られているものだからだと思います。

ところが、悪魔はそれに嫉妬して、神様と人間が音楽を通して交流しつながることを良しとしません。どこまでも人間を不幸にして、神様に反逆しないと気が済まないわけです。

そこで、音楽というものをとことん、悪魔と人間がつながるように汚してきたのです。

私たちはあまりにも悪魔によって汚された音楽を聴き続けてきたので、毒された音楽の方が、聞きなじみがあって親しみがあるかのように思えます。人間には「癖になる」「中毒性になる」とわかっていても、ついついやってしまう、という性質がありますから、いつのまにかズブズブとはまり込んでしまいます。

しかし、毒された音楽を聴いて、神様を感じ、神様を賛美するような気持ちには決してなれないはずです。

これからは、本当の神様がよろこばれる音階、本当の神様が喜んでくださる音楽が、この地に響き渡るような世界にしたいです。地球をそんな星にしたいです。

 

「RAPT理論」を知って、ショックだったひとつが、やはり音楽がこれほどまでに汚されていた事実を知った時でした。音楽を汚していた確信犯のひとりが、大好きだった「桑田佳祐」だったということも、とてもショックでした。

恋愛に関する曲や、失恋に関する曲というのは、完全に「悪魔によって作られた曲」です。悪魔からアイディアを受け取って作られたものです。神様は決して恋愛を奨励する方ではありません。それは「異性の罪」を起こす原因になるからです。「異性の罪」は、ものすごく大きな罪なのです。

ではどうして悪魔はそういうものを人間に作らせるのか、というと、悪魔は、元は天使でしたが、罪を犯して神様から愛されなくなってしまったために、天界から追い出されて堕落した存在だからです。

神様は人間のことを愛してくださるために、人間に対して「想像を絶するくらいの嫉妬心」を燃やしています。そんな人間に「異性の罪」や「姦淫の罪」を冒させて、自分(悪魔)と同じように、苦しみを味わせたいから、例えば「桑田佳祐」という人間を使って、恋愛や失恋、性的な曲を量産させてきたというわけです。悪魔の親玉だった「ルシファー」が元々、「文化芸術を司る美しい天使」だったことを考えても、納得できます。

もちろん、桑田佳祐だけでなく、他のアーティストもそういう方は大勢おられますよ。

しかし、最も顕著なのが間違いなく「桑田佳祐」ですし、私自身ファンだったこともあり、他のアーテイストよりは情報を知っているので随時ご紹介しています。(エイズというありもしない病気の啓蒙活動で利益を上げるという詐欺行為までしていたことも発覚しています。やはり多くの方が知るべきことだと思います。)

そのために、恋愛や失恋に関する曲のアイディアは、悪魔にしか生み出すことができません。

また、人間の「情」を歌う曲も皆、悪魔にしか生み出すことができません。情を使うのは、100%悪魔の仕業です。

なぜなら、神様は、どこまでも「理知的」な方だからです。

詳しくはRAPTさんの有料記事で是非とも学んでくだされば幸いです。

RAPTブログ(有料記事)

最後に、RAPTさんがブログを始められたころに、制作されたBGMがあります。(RAPTブログや、KAWATAとNANAのRAPT理論で使われているBGMは、すべてRAPTさんが作られているそうです。)

世の中で流れる音楽との違いを感じていただければ幸いです。

私は個人的にこの「3番目」の音楽が大好きです^^

ゆったりしながらも、決して「寂しく」ならないでしょ。神様にささげる音楽が「寂しく」なるわけがないんですよね。心の奥が暖かくなって、こうして生きていることに喜びや感動や感謝があふれてくる。そんな音楽が本来あるべき音楽だと思います♪

さらに、

このオープニングで歌われているのは、RAPTさんの奥様のNANAさんです!

聞いていただければお伝えしたいことがすぐにわかると思います。

NANAさんの声の「奥ゆき」「響き」がとても美しいです。声の響かせ方が、「森でさえずる鳥たち」のように美しく立体的な感じがします。

このように「奥ゆき」があり、暖かく美しい声が出せるようになりたいです。

ちなみに、ここに出てくる対談相手は後に工作員だと判明しています。

対談については、そういうのがありますが、NANAさんの声が素晴らしいのを伝えたくてご紹介していることをご理解いただけるとありがたいです。

 

どうもありがとうございました。

 

photo:https://pin.it/4sFviHM

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