【信仰を持って良かった事】①スピリチュアルを信じていた時に目指していた「喜び」の中で生きる事ができるようになった。

RAPTブログに出会って

今までこのブログでは主に「RAPT理論」から学んだ事を中心に書いてきましたが、これからはもっと「信仰生活」で得た事や「信仰」にまつわる事についての記事を書いていこうと思います。

 

引き続きどうぞよろしくお願いします。

 

このブログの中でも何度か書かせていただいたのですが、信仰を持つ前は、自己啓発系、そしてスピリチュアルにかれこれ30年弱ハマっていました。

 

その時に思っていたのは、毎日を楽しく充実させて、心輝かせていきたいと思っていました。

 

心に希望を持って生きたいと思っていました。

 

すぐにネガティブな考えに陥ってしまうので、それも克服したいと思っていました。

 

そしてこれらを満たす為には、自分を大切にして、自分の望みや思いに正直に生きることが
大事だと思っていました。

 

実際にスピでは、「自分を大切にしよう」「ありのままの自分を受け入れよう」などとしきりに教えます。

 

しかしRAPTブログで「RAPT理論」を知り、そして有料記事で配信されている「御言葉(神様の言葉)」を学ぶ事で、真実は全く違っていて、本当に自分を輝かせて生きたいと思ったら「神様を第一に愛し神様の為に生きる事」だと教わりました。

RAPT | RAPT有料記事65 (2016年5月7日)神様に愛され、神様と共に同じ目的をもって生きる甲斐ある人生。
RAPT | RAPT有料記事269(2018年4月21日)主を愛する道だけが、この世で一つも損をすることなく生きられる道であり、救われて天国に行ける道だ。
RAPT | RAPT有料記事623(2022年1月24日)毎日、主を愛すると心から決心して生きるなら、主も毎日、私たちに働きかけてくださるから、私たちも主への愛が冷めることがなく、むしろ愛の火が燃え上がり、主と真の恋人になっていく。

 

とはいえ、RAPTさんの伝えてくださる「御言葉」をご存じない方がいきなり神様を愛し神様の為に生きる、と聞いたら、宗教アレルギーの強い日本、無神論が蔓延る日本では、嫌悪感を感じられるでしょう。

 

しかし、これは今、実際に私が信仰を持ちもうすぐ3年が経とうとするのですが、心底感じていることなのです。

 

そして現に今、信仰を持つ事で、スピリチュアルにはまっていた時に願っていた事通りの、心から望んでいた生き方ができるようになりました。

私は綺麗事でもなんでもなく,今日という日に感謝し、そしてその時々に感じる瞬間の思いを大切にして生きたい、と思っていました。

 

例えば、音楽が好きな人って多いと思うのですが、それは、音の響きや旋律の美しさに感動するからじゃないですか。

 

コンサートで心揺さぶれて感動するのは、その瞬間瞬間に感じる「音」の響きがすばらしいからですよね。

 

だけど、コンサートに行かないとそういう感覚になれない、という条件付きが私は嫌だったんです。

 

そうではなく、いつ何時も、そういう感動を得ながら生きたいと思っていました。

 

瞬間瞬間を感謝を噛み締めるように生きたいと思っていました。

 

しかし現実は、そう思える時があったりなかったりで、しかも「スピリチュアル」の考えは結局真実ではない「悪魔思想」だと知り、そんな教えを信じていて幸せになれるわけなどなありません。

RAPT | RAPT×読者対談〈第84弾〉自己啓発もスピリチャル系も悪魔崇拝。

だけど、信仰を持ち、RAPTさんが伝えてくださる御言葉を学ぶ中で、瞬間瞬間に心を揺さぶられ感動し、感謝の涙を流しながら生きられるようになりました。

 

まず、信仰生活をする上で毎日欠かせない4つの行いがあるのですが、その一つに「賛美」というのがあります。

RAPT | RAPT有料記事165(2017年4月22日)あなたの主を褒め讃えなさい。それこそがあなたの幸福の原点だ。

私はまずこの賛美に非常に感動しました。

 

一日の生活の中で「神様に感謝を捧げ賛美する」という時間を設ける訳です。

 

これは本当にすごいと思いました。

 

キリスト教ってなんと素敵な宗教なんだと思いました。

 

これまで誤解していた自分を悔い改めました。

 

そしてこの「賛美」をしていると、心が温かくなって聖霊が下り、とても幸せな気持ちになれるのです。

やっているのは自分の為ではなく、神様に感謝を捧げる賛美です。

 

神様を賛美する歌は、どれも非常に美しい旋律を持ち、さらに、非常に多岐に渡っていろんなジャンルにアレンジされていることも知りました。

 

信仰を持つ前に持っていた賛美歌のイメージは、非常に堅苦しく、ピアノ以外で演奏される事はないと思っていました。

 

しかしそれは全くの誤解でした。

 

まず,こちらはRAPTさんが作られた曲ですが,これらの曲を聴いて,本当に驚きました。

 

歌詞はありませんが,なんと美しく清いのだろうと思いました。

そして,十二弟子のNANAさんの賛美を聴いて,完全に賛美歌のイメージが変わりました。

 

 

そして歌うとまたこれがめちゃくちゃ恵み深く喜び溢れるものだったのです。

 

知らない事ばかりで、私が持っていたこの考えは非常に損で不幸な考えだったと悟りました。

 

そしてさらにこの地上は、神様が私達人間と愛を成すために作って下さったのだという事を教わりました。

https://rapt-neo.com/?p=46643

そして人間が幸せに楽しく生きるために作ってくださったのだと教わりました。

 

それを知り、自然の素晴らしさに感謝して散歩をしたり出掛けると、またしてもその恵みの深さに感動し感謝の思いでいっぱいになります。

 

だから外に出る時はその事を意識するので、そこでまた喜びを感じ感謝をしながら生きられるのです。

 

そして実際に体験すればすぐにわかることだと思いますが、毎日同じように見える景色も、全く飽きる事がありません。

 

毎回これがすごいなと思うのですが、神様がお造りになったものは本当にすごいなと思います。

 

さらに外に賛美すると、この思いがより増すので、さらに喜びと感動を感じる事ができます。

 

そして熱心に感謝すると、体が熱くなり,神様から「聖霊」という恵みを受ける事ができます。

「聖霊」を受けるとまたさらに感動し心が喜びに満たされます。

 

これはおとぎ話でも綺麗事でもなんでもなく、一信者に過ぎない私でさえも、実際に体験している事です。

 

今紹介した中で私がやったことは、賛美し、外に出た時に神様が作ってくださったものに感謝するという事だけです。

 

それなのに、どこまでも深く感謝し喜びを感じる事ができるのです。

 

スピを信じていた時に聞いていた「自分のために」とかそういうものはありません。

 

だけど本音を言うと、賛美した時に受ける恵みが素晴らしく感動的なので、またその思いを味わいたくて賛美しているという部分もあります。

 

そして、もっと神様に喜んでいただきたいと思って歌います。

 

だけどいずれにしても、30年余りスピリチュアルで学んできた事とは全く違います。

 

神様を愛し、神様に喜んでいただけるように生きようとする事がこんなにも素晴らしい事なのかと驚きながら、それでもやっぱり喜びながら生きています。

 

もちろん,今ご紹介しているのは信仰生活の一部に過ぎません。

 

これから信仰生活の色々な面についてもっと書かせていただきたいと思っていますが,断言できる事,それは

 

日本人は、真のキリスト教について,ものすごく誤解しています。

 

そしてその事で,自分達の人生を致命的に不幸にし苦しめているということです。

 

本来ならば祝福を受けて生きられるはずが,知らないが故に(キリスト教では知らない事を「無知の罪」といいます)罪を犯しているために,自らが自らの首を締めて生きているという訳です。

 

はっきり言って,こんな愚かで勿体無い話はないです。

 

1人でも多くの方が,正しいキリスト教について知り、RAPTさんの伝えてくださる御言葉に出会い、救われます事を心からお祈り申し上げます。

 

 

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